自分にとって「ありえない!」「論外!」なことは、憧れと羨望の表れである 37/100

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プロブロガーで作家の立花岳志さん(たちさん)のタイムラインに、こんな投稿が出ていました。

 

 

たぶんこの発言は、たちさん自身の生き方を綴った、この記事についての事でしょう。

 

 

ポリアモリー 〜 僕は妻と恋人を愛して生きていく [ライフスタイル]

 

 

こうやって、自分の生き方を堂々と、不特定多数の人に発信する方はなかなかいないでしょう。

ましてや内容が内容だけに、誤解されることも多々あるでしょう。

ただ、実際にたちさんに会ったことのある人は、大体が好意的な感じだったのではないかと思います。

 

と、ここで思ったこと。

僕自身もたちさんのこの選択について、好意的に感じていますが、では自分にとっての「ありえない」こと「論外」なことって何だろうか?

 

 

僕にとっての「ありえない」は、乱暴な運転

 

毎日、職業訓練の学校に通っていますが、片道90分ほどの道のりを車で行っています。

往復で約3時間!(よく考えるととんでもないな)

 

こうやって毎日のように車を運転していると、乱暴な運転を目にすることも珍しくありません。

ウインカー出すのが遅かったり、強引に割り込んできたり、左折を邪魔するような右折をしてきたり・・・

まあ、色んな人がいます。

 

そんな運転を見るたびに、思っていました。

 

 

ありえない!

許せない!

論外!

 

 

 

んっ????

あれっ???

 

これももしかして、シャドウの投影なの??

だとしたら・・・

 

 

乱暴な運転をしたいわけじゃない

 

そうそう。

確かに以前から感じていたのだ。

こんなに、乱暴な運転に感情が動くってなんなのだろう?と。

 

そう。

もちろん、自分も同じように、乱暴で危険な運転をしたいわけではないのだ。

 

これは一種の象徴であって、もう少し深堀する必要がある。

すると、分かってきたのです。

僕は一体なにを「やりたくて」「羨ましく」思っていたのか?

 

「僕も堂々と、自分を信じて自分の軸を持って行動したい!」

 

そう思っていたのです。

これだと、非常にしっくりきます。腑に落ちます。

 

乱暴な運転➔法律やルールに縛られずに自分の信じる行動をする➔堂々と自分軸を持って行動している

 

こんな感じの流れになっていました。

多少強引な感じもするかも知れませんが、僕自身は非常に納得しています。

 

こうやって、自分のことを少しづづ理解していくのでしょう。

 

 

もし自分の感情が

 

ありえない!

許せない!

論外!

 

と結論を出したことがあったのなら、そこをじっくりと見つめてみると、自分の本音が発見できるかも知れませんよ。

 

 

 

 

 

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つっちー

つっちー

長野県在住の既婚男性。一児の父。 現在は会社に勤めながら、ブログを通してパラレルワークを目論む37歳。 朝の時間を有効に使って、自分の人生を主体的に生きるように奮闘中です。 目下の関心事は、映画と朝活と家庭と仕事のバランスを取ること。